伊路波いちば
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ひとにやさしく、自然に恩返しするものを提供します。

青森に行きました。

今回の旅は、生まれて初めて青森・秋田をおとずれました。黄金崎不老ふ死温泉で大きな太陽が海に沈んでいく姿を眺めながら、ひろきくんといっしょに露天風呂に何回も入ったことが一番の思い出になりましたが、温泉の写真はありません。

約5,900年前から約1,700年間続いた三内丸山遺跡です。争いの気配は感じられません。

狩猟採集が中心であった縄文の時代は、500人くらいのちいさなムラでの生活でした。諏訪でとれた黒曜石も見つかったとか。

竪穴式住居には5人くらいで住んでいたとのことです。乳幼児死亡率も大変高く、平均寿命30歳とのことですから、助け合って生き延びるだけで精一杯の時代です。戦って領土を拡大する気持ちにもならなかったのではないでしょうか。

十和田神社です。神社になったのは明治国家神道の影響でして、その前は十湾寺(とわんじ)だったそうです。

「黄泉のツガイ」だと、右様になりますね。

十和田湖の様子。

白神山地にある十二湖のひとつ「青池」です。ふもと近くの道の駅にある「お殿水」も美味しかったです。

岩木山神社にいる狛犬です。ひょうきんものです。

弘前の石戸神社。いわとじんじゃと読みます。

朝廷側の坂上田村麻呂と戦って死んだ蝦夷の女首領・目六面長(めるくおもなが)が封印されている石塚です。目六面長は、両目の間が六寸(18cm)あり、身の丈が3mあったといわれる蝦夷の女族長です。神通力を操り、風雲を起こしたり白光で目をくらませて田村麻呂を苦しめたと伝わっています。

メノコ館の女蝦夷-誰も紹介しない津軽

目六面長は、津軽アイヌの女酋長だったかもしれないということで、このような記事もありました。

津軽アイヌの女酋長、目六面長と 荒雄川神社の異界の子たち

名古屋に戻りました。今回の旅は、縄文と自然と鎮魂の旅でした。

諏訪大社を訪れたときには先住民との和合の歴史と融和に至る大きな知恵のようなものを感じましたが、青森にはシンプルに悲しい歴史を感じてしまいました。

それはさておき、名古屋空港から1時間半で青森や岩手に行けるとわかりましたので、また東北地方にひょっこり訪れてみたいです。今回の旅を企画していただいたM島さまS藤さま、本当にありがとうございました。

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